温情の民の弱点
日本は「自殺大国」。
理由は?
元々、数字で人の命まで左右する制度は、日本人向きではない。
「迷惑を掛けてはいけない」という責任感は強いが、自己主張が弱いため追い込まれてしまう民だからである。
「恥の文化」と呼ばれるが、借金取りはその文化を逆手に取って民衆のマゆてんてインドを責め立てる。
「消えたい」
そうした気持は諸外国にもある。
しかし、日本は特別に強い民である。
イエスを裏切ったユダ・イスカリオテの自殺は日本人の恥の文化の一端を思わせる。
主人を裏切って逃げ去る配下はいくらでもいるのだが、日本文化は武士の切腹を見ても理解できるように、異常なほど恥の文化を保っている。
イエスの弟子が持っていた「温情気質」は、日本文化の底流に流れており、それを言い換えれば
「社会を『温情』で構成すべき国家」なのである。
とにかく、冷酷な割り切りができない国民だから、「曖昧表現」でふわりと逃げる。
おもてなしの精神も、「温情」に端を発している。
■吹き込んだ冷風
明治期に西洋文化が流れ込んだ影響で、「割り切り主義」が社会に定着する事になった。
支配者層も、日本的な温情に欠ける人々が大勢を占めた。
その結果、民の心は「冷酷の風」をまともに受けてしまう。
それでも→ 自己主張しない
(冷酷の風に気付かない庶民)
「冷風」は鬼の特徴。
鬼とは、冷酷の生命体である。
社会の冷えを通し、自殺者が増加するとむしろ喜ぶ連中なのだ。
鬼社会では、「冷徹」・「割り切り」が価値観の主流となり、温情を必要としている下層民は苦悩の中に落とされる。
「私が消えたら解決する」
そうした『解決策』を考えてしまうのだ。
借金取りの冷たさや、取り締まり当局の冷徹は、思った以上に民のメンタルに打撃を加えている。
しかし社会は、自分たちの特殊性に気付いていない。
自殺者が密かに死んだ場合も、無念の訴えは表明されない。
しかし、発せられた残留思念のようなものが暗い雰囲気を漂わせる。
これに気付くのは作家や芸術家など感受性の強い人々である。
彼らに自殺が多い。
なぜ?
※ 社会の空気の影響を強く受けてしまうからだと考えられる。
支配の流儀にも鬼の精神が滲み出している。
過去では「唐行きさん」。
今なら、「貧困ビジネス」。
「法で解決する」と考えるのは諸外国の流儀であり、日本には向いていない。
→ 情の文化だから
力ある者が譲ればいい時でも、下層民を泣かせて支配を続ける歴史が残された。
最近、トランプ氏やプーチン氏など「Qアノン勢力」が真相を暴露し始めたように、日本の上層部は地下でこっそり暴虐を繰り返していた。
民衆を犠牲にする密かな政策決定。
それはまさに鬼ヶ島の鬼支配であった。
この先、終わりの日が展開すると、全てが解決するのは確かである。
御子の天軍が下って世界を変えつつある。
しかし、待ちきれない人は多い。
→ 今すぐにでも
それが民衆の願いだが、残念ながら鬼の支配はコロナ禍でむしろ犠牲者を量産した。
民は救われていない。
弱者は、粘り強く鬼と戦うしかない。
本当の夜明けまで、自分と家族のメンタルを守りながら生き延びよう。
温情の民の弱点は、「諦めが早過ぎる事」なのである。
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