救いの名の消滅
夢の話。
黒人ばかりの仕事場にいた。
意味は当初、よくわからなかった。
15人くらいの作業場で、部品加工みたいなことをしていた。
最初は雑然としていたが、徐々に整理されてそれぞれの区画が決まった。
「これはここに置こう」
「ここは誰々が使う」
目が覚めて思った。
これは「諸外国でも整理が始まった」という証拠かな?
つまり、
「創造主の名」に関しての作業場が整理される・・・という意味である。
なんとなく思った。
海外に向けてなら「IHAWHE」で通じるだろうか?(これが創造主の名)
日本語では「イハウヘ」だが、
意味は「岩の上」となる。
旧い時代の日本では、目上の人を
「紫の上」とか
「葵の上」などと呼んでいた。
「岩の上」はその流れを踏襲(トウシュウ)している名である。
「岩の上」という表現は、日本語の聖書に出ている。
マタイ7章 (岩の上の家)
24 それで、わたしのこれらの言葉を聞いて行うものを、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができよう。
25 雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけても、倒れることはない。岩を土台としているからである。
「『岩の上』の家」とは?
→ 「岩の上」の国家
そんな意味になる。
また、「岩の上」は創造主の名であると同時に、「立場」も表明している。
(21節)
出エジプト記33章
18 モーセは言った、「どうぞ、あなたの栄光をわたしにお示しください」。
19 主は言われた、「わたしはわたしのもろもろの善をあなたの前に通らせ、主の名をあなたの前にのべるであろう。わたしは恵もうとする者を恵み、あわれもうとする者をあわれむ」。
20 また言われた、「しかし、あなたはわたしの顔を見ることはできない。わたしを見て、なお生きている人はないからである」。
21 そして主は言われた、「見よ、わたしのかたわらに一つの所がある。あなたは岩の上に立ちなさい。
22 わたしの栄光がそこを通り過ぎるとき、わたしはあなたを岩の裂け目に入れて、わたしが通り過ぎるまで、手であなたをおおうであろう。
23 そしてわたしが手をのけるとき、あなたはわたしのうしろを見るが、わたしの顔は見ないであろう」。
「岩の上に立て」という言葉が、教えるのは、こんな意味だ。
神が→ 指導者モーセの立場を「岩の上」に定めた
そして聖書は、随所で神(創造主)の名が「岩」である事を教えている。
詩篇18篇 (神は岩)
46 主は生きておられます。わが岩はほむべきかな。わが救の神はあがむべきかな。
創造主の代理として人の前に現れる御使いも、自分の「立場」を暗示する表現として使っている。
(私見だがそう読んだ)
出エジプト記17章
6 見よ、わたしはホレブの岩の上であなたの前に立つであろう。あなたは岩を打ちなさい。水がそれから出て、民はそれを飲むことができる」。モーセはイスラエルの長老たちの目の前で、そのように行った。
ところが、こうした示唆を読み取れるのは日本語だけ。
現代ヘブライ語では「岩」を「ツウリ」と表現している。
(繋がらない)
実は、現代に使われているのは「復元されたヘブライ語」であり、古代ヘブライ語とは微妙に違うのだ。
現代ヘブライ語について:
◉2000年間話し手がいなかったヘブライ語、どうやって復活した? | ナショナル ジオグラフィック日本版サイト https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/23/061300296/?ST=m_news
日本には古代ヘブライ語が残されており、「岩」の呼び名を「イハ」として保存している。
問題は、「イハ」が現代の世界から消えているところ。
救われるための条件は、以下のようになっている。(14節)
詩篇91篇 (名を知る人を救う)
13 あなたはししと、まむしとを踏み、若いししと、へびとを足の下に踏みにじるであろう。
14 彼はわたしを愛して離れないゆえに、わたしは彼を助けよう。【彼はわが名を知るゆえに】、わたしは彼を守る。
15 彼がわたしを呼ぶとき、わたしは彼に答える。わたしは彼の悩みのときに、共にいて、彼を救い、彼に光栄を与えよう。
16 わたしは長寿をもって彼を満ち足らせ、わが救を彼に示すであろう。
「我が名を知る」というが、
それは現代ヘブライ語が教える「岩」(ツウリやセラア)ではない。
→ 「古代のままの発音」を通さなければ、創造主に繋がらない
■名を消滅させた鬼
西暦70年頃、古代ユダヤの都をローマが取り囲み全滅させた。
ヘブライ語も失われた。
※ 天の勢力と地を切り離そうとする鬼の仕業である。
この時、逃げ出した勢力は「散った」と表現されているが、
実は逃げ延びて、国家(家)を形成した。
それが→ 「岩の上の家」(日本)
だから日本語には、創造主の正しい発音が残されているのだ。
しかしそれも、言葉の変遷で訛(ナマ)りが生じている。
現代語では「岩」を「イワ」と読むが、古語では「イハ」である。
これを保存する日本こそ、詩篇に書かれている「救いの候補」。
現代ユダヤ人は1948年に国家を復元したとされているが、実は別人種。
→ カザール人
復元されたヘブライ語を学び、それまで話していた古来の言語を捨てたのだ。
彼らが公用語とした現代ヘブライ語の中には、「岩」を「イハ」とする発音が存在していない。
理由は推して知るべしだろう。
本当の名を知らねば救いの候補とはならないし、立場を「岩の上」に変えなければ救われない。
しかしその民の上に立つのは?
→ 赤い龍
経緯は、黙示録に書かれている。
黙示録 12 章 (キリスト後の出来事)
また、大いなるしるしが天に現れた。ひとりの女が太陽を着て、足の下に月を踏み、その頭に十二の星の冠をかぶっていた。
2 この女は子を宿しており、産みの苦しみと悩みとのために、泣き叫んでいた。
3 また、もう一つのしるしが天に現れた。見よ、大きな、赤い龍がいた。それに七つの頭と十の角とがあり、その頭に七つの冠をかぶっていた。
4 その尾は天の星の三分の一を掃き寄せ、それらを地に投げ落した。龍は子を産もうとしている女の前に立ち、生れたなら、その子を食い尽そうとかまえていた。
5 女は男の子を産んだが、彼は鉄のつえをもってすべての国民を治めるべき者である。この子は、神のみもとに、その御座のところに、引き上げられた。
6 女は荒野へ逃げて行った。そこには、彼女が千二百六十日のあいだ養われるように、神の用意された場所があった。
7 さて、天では戦いが起った。ミカエルとその御使たちとが、龍と戦ったのである。龍もその使たちも応戦したが、
8 勝てなかった。そして、もはや天には彼らのおる所がなくなった。
9 この巨大な龍、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれ、全世界を惑わす年を経たへびは、地に投げ落され、その使たちも、もろともに投げ落された。
10 その時わたしは、大きな声が天でこう言うのを聞いた、「今や、われらの神の救と力と国と、神のキリストの権威とは、現れた。われらの兄弟らを訴える者、夜昼われらの神のみまえで彼らを訴える者は、投げ落された。
11 兄弟たちは、小羊の血と彼らのあかしの言葉とによって、彼にうち勝ち、死に至るまでもそのいのちを惜しまなかった。
12 それゆえに、天とその中に住む者たちよ、大いに喜べ。しかし、地と海よ、おまえたちはわざわいである。悪魔が、自分の時が短いのを知り、激しい怒りをもって、おまえたちのところに下ってきたからである」。
13 龍は、自分が地上に投げ落されたと知ると、男子を産んだ女を追いかけた。
14 しかし、女は自分の場所である荒野に飛んで行くために、大きなわしの二つの翼を与えられた。そしてそこでへびからのがれて、一年、二年、また、半年の間、養われることになっていた。
15 へびは女の後に水を川のように、口から吐き出して、女をおし流そうとした。
16 しかし、地は女を助けた。すなわち、地はその口を開いて、龍が口から吐き出した川を飲みほした。
17 龍は、女に対して怒りを発し、女の残りの子ら、すなわち、神の戒めを守り、イエスのあかしを持っている者たちに対して、戦いをいどむために、出て行った。 そして、海の砂の上に立った。
・・・
海の砂の上とは?
先程の「葵の上」と同じく
→ 『砂の上』と呼ばれる神
それは、
「岩の上」に対抗する存在。
聖書の選民は「女」と表現されている。
「砂の上」は『女』を目の敵にしており、「岩」に頼る選民を消そうとする。
それで彼らはエルサレムの滅びをすり抜けて極東の島国へ逃れた。(日本)
■日本への流れは二度あった
6節にあるように「1260日」(つまり1260年)という期間を保護される・・・とある。
この逃避は一度ではない。
最初はバビロンに攻められると知ったイザヤの時代。
これが「縄文」と呼ばれる「出雲勢力」である。
二度目は、ローマによる一世紀当時の破局で逃れた民。(大和朝廷)
彼らは御子イエスの教えを受けており、福音書の内容を日本に移植した。
イエスが「弟子たちに神の名を教えた」と語っているように、創造主の本当の名は日本文化の中に秘められており、そこからしか復元できない。
なぜなら、赤い龍は神の名を消そうと、あらゆる手を使っているからだ。
「YHWH」に隠した理由もそこにある。
救われるべき人でも「違う名」を呼んでいたら?
→ 救いの門を入れない
そして、
世の神の支配下に引き留められてしまう。
これほど重要だからこそ、創造主の名「イハウヘ」を伝えなければと考えた。
「ヤハ」の名はよく目に入るが、
世界のどこにも、「イハ」という救いの名は無いからである。
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