アメリカの民は「エフライム」か?
物議を醸すかも知れない。
しかし、「想定」として書いておこう。
→ アメリカ大陸の選民はユダの末裔
「エフライムでしょ」という声もある。
エフライム https://www.churchofjesuschrist.org/study/scriptures/gs/ephraim?lang=jpn
以下資料より:
『旧約聖書』の中の人物。ヨセフとアセナテの2番目の息子(創世41:50-52;46:20)。エフライムはそれまでの習わしに反して,長男のマナセに代わって長子の特権の祝福を受けた(創世48:17-20)。エフライムはエフライムの部族の先祖となった。
エフライムの部族
エフライムはイスラエルにおける長子の特権を与えられた(歴上5:1-2;エレ31:9)。終わりの時における彼らの特権と責任は,神権を受け,世の人々に回復された福音の教えを伝え,散乱したイスラエルを集めるために旗を掲げることである(イザ11:12-13;2ニフ21:12-13)。エフライムの子らは,終わりの時に北の地から戻る人々に栄光を冠として授ける(教義133:26-34)。
エフライムまたはヨセフの木
エフライムの部族で,紀元前600年ごろにエルサレムからアメリカに導かれた民の記録。
この民の記録は,エフライムまたはヨセフの木,すなわちモルモン書と呼ばれる。
この木(モルモン書)とユダの木(聖書)は一つとなって,主イエス・キリストとその復活,またイスラエルの家のこれら二つの群れの中で主がなされた業を証ししている。
エフライムの枝が折り取られ,キリストについてのもう一つの証しを記す, JS創世50:24-26,30-31.
ユダの木とヨセフの木は一つになる, エゼ37:15-19.
ユダの記録とヨセフの記録が一つに合わされる, 2ニフ3:12.
主は多くの国民に語られる, 2ニフ29章.
エフライムの木の記録の鍵がモロナイにゆだねられた,
ジョセフ・スミスの教義
27:5
この教義は以下の通り。
第27章
千八百三十年八月,ペンシルベニア州ハーモニーにおいて,預言者ジョセフ・スミスに与えられた啓示。
パンとぶどう酒の聖餐が執行される宗教上の集りの準備をするために,ジョセフはぶどう酒を手に入ようとして出かけた。
その途中で,天の御使いに会い,この啓示を受けた。
一部はそのときに記され,残りは翌九月に記された。
当教会の聖餐式では,現在はぶどう酒の代わりに水が使われている
(引用感謝)
注釈:
◉イエスは「ユダ族の羊」に遣わされているが、北のエフライムはそれ以前から行方不明。
その後、ユダ王国にイエスが到来する。
当時の十部族はアッシリアの捕囚とされて以来、山羊に分類されている。
(羊飼いの声を知らないまま)
※ 山羊は羊飼いが呼んでも来ない。つまり周囲に集まらない。
古代ユダヤの都からアメリカに渡航した家族は十部族ではないはずだ。
イエスが「他の羊」と呼んでいるからには、彼らもユダ族でなければならない。
■救いはユダ族から
現在、シロの帽子(ホワイトハット)がアメリカから救いの手を伸べている。
これが「十部族の国」であるなら、「救いはユダ族から」というイエスの言葉は反故にされる。
(ヨハネ4章22節)
ヨハネ4章
イエスが、ヨハネよりも多く弟子をつくり、またバプテスマを授けておられるということを、パリサイ人たちが聞き、それを主が知られたとき、
2 (しかし、イエスみずからが、バプテスマをお授けになったのではなく、その弟子たちであった)
3 ユダヤを去って、またガリラヤへ行かれた。
4 しかし、イエスはサマリヤを通過しなければならなかった。
5 そこで、イエスはサマリヤのスカルという町においでになった。この町は、ヤコブがその子ヨセフに与えた土地の近くにあったが、
6 そこにヤコブの井戸があった。イエスは旅の疲れを覚えて、そのまま、この井戸のそばにすわっておられた。時は昼の十二時ごろであった。
7 ひとりのサマリヤの女が水をくみにきたので、イエスはこの女に、「水を飲ませて下さい」と言われた。
8 弟子たちは食物を買いに町に行っていたのである。
9 すると、サマリヤの女はイエスに言った、「あなたはユダヤ人でありながら、どうしてサマリヤの女のわたしに、飲ませてくれとおっしゃるのですか」。これは、ユダヤ人はサマリヤ人と交際していなかったからである。
10 イエスは答えて言われた、「もしあなたが神の賜物のことを知り、また、『水を飲ませてくれ』と言った者が、だれであるか知っていたならば、あなたの方から願い出て、その人から生ける水をもらったことであろう」。
11 女はイエスに言った、「主よ、あなたは、くむ物をお持ちにならず、その上、井戸は深いのです。その生ける水を、どこから手に入れるのですか。
12 あなたは、この井戸を下さったわたしたちの父ヤコブよりも、偉いかたなのですか。ヤコブ自身も飲み、その子らも、その家畜も、この井戸から飲んだのですが」。
13 イエスは女に答えて言われた、「この水を飲む者はだれでも、またかわくであろう。
14 しかし、わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、かわくことがないばかりか、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう」。
15 女はイエスに言った、「主よ、わたしがかわくことがなく、また、ここにくみにこなくてもよいように、その水をわたしに下さい」。
16 イエスは女に言われた、「あなたの夫を呼びに行って、ここに連れてきなさい」。
17 女は答えて言った、「わたしには夫はありません」。イエスは女に言われた、「夫がないと言ったのは、もっともだ。
18 あなたには五人の夫があったが、今のはあなたの夫ではない。あなたの言葉のとおりである」。
19 女はイエスに言った、「主よ、わたしはあなたを預言者と見ます。
20 わたしたちの先祖は、この山で礼拝をしたのですが、あなたがたは礼拝すべき場所は、エルサレムにあると言っています」。
21 イエスは女に言われた、「女よ、わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが、この山でも、またエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。
22 あなたがたは自分の知らないものを拝んでいるが、わたしたちは知っているかたを礼拝している。救いはユダヤ人から来るからである。
22節のイエスの言葉から、アメリカのホワイトハットが押し進めている救いをユダヤ人と結び付けるべきなのだ。
ただし、「ユダヤ人」には「亜種家」(アシュケナジー)と呼ばれる別人種がいる。
これがアメリカに満ちているのを世界は知っているだろう。
22節の意味はここにあり、「二つのユダヤ」の重なりを暗示している。
つまり、インディアンのような顔つきの「本者ユダヤ人」がアメリカに住んでいるからこそ、「二重(2Jew)解釈」が必要だと「22」節が教えている。
ユダとエフライムの合体は確かに生じるが、それはユダ族による救いが終わってからの話であるはずだ。
今は、その過渡期である。
■創造主の名が要
ホセア書では「エフライムの中にわたしを呼ぶ者は一人もない」と告げられている。
→ ホセア7章7節、10節
ユダ族ですら、「イハ」の名を忘れており「主」と呼びかけている。
しかし、モルモン書の中には、「復活後のイエスが天空から下って教えを施した」と書かれており、
御子はその時、必ず「父の名」を告げているはずなのである。
インディアンはよく「イーハー」と叫ぶそうだが、それは正に神の名。
カウボーイがそれを真似て、意味を知らずに叫んだりしていると推理した。
結局、「アメリカの民はエフライムか」という疑問に対しては、
彼らは「ユダ族だ」と打ち出しておこう。
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